社長のページ

///////ホームページ立ち上げより相当な時間が経過してしまいした。

代表の田村 裕でございます.

 

 本日は「My birthday」ですので、勝手ながらこの日を機に「社長のページ」を開始させていただきます。

 しかしながら、皆さまに発信できるような特別な体験は持ち合せていませんので、備忘録として読み流していただければ幸いです。

 

 皆さんは、歌手の浜田省吾さんをご存知かと思います。時に美しく、時に勢いのあるメロディーに、世情を綴り、経験を入れ込み、想いを乗せた歌詞は、30年ほど前から多くのファンを魅了していて、今ではその方達のお子さままでも取り込んでいるようです。

 (主義主張のあるロッカーだと思います!)

 

 そんな浜省が、2011年、東日本大震災の後、あえて開催したツアーにおいてこのような言葉をブログに残しています。

 

 「千里の馬」という諺がある。

千里を駆けることができる馬がいても

その馬が名馬であることを見抜ける人がいなければ

才能は見出されないまま埋もれてしまう・・・

というような諺なのである。

 

しかし、俺は長い間思い違いをしていて

全く違う解釈をしていたのだが

実はその自分独自の解釈に励まされてきたのだ。

 

俺の解釈はというと

生まれつきはダメな駄馬であったとしても

もしも千里を走ったならば

それは「千里の馬」なのだと。

 

2011年7月17日

浜田省吾

 

 この言葉に共感して私自身も今は遠いかもしれないけれど、少しづつ大きく見えてくるだろう目的の地に向けて走っていきたいと考えています。

(疲れたら歩いたり、しゃがみ込んだりもあるでしょうが・・・)

 

 今日のこの日を周りの方々とは違う瞬間として、決意を新たに、より向上していきたい。そして私を支えてくれている方々が、お一人でも多く笑みを浮かべていただけたら本望です。

 ・・・田村工業所 創立70周年を迎える心構えとして

2017年2月23日

 


 「はたらく車・・・地域社会のために」

 

   幼稚園や小学校に通う頃、警察官の仕事とか消防署の活躍、または医者の業務のような社会に貢献する職業のVTRを見た記憶があります。私の子供たちが幼少な時期には、教育教材を手掛けるベネッセ等でも「はたらく車シリーズ」のビデオとして生活に密着した働くクルマを“しまじろう”のガイダンスを交えて紹介していました。

 

 一方、現在の建設業はといえば、ここ20年間で公共事業費50%以上の削減とそれに伴う就労人口の減少、高齢化など様々な変化を起こしてきました。そんな悪列な経済的環境について、ここ5年ほどは改善しましたが、人的環境はいまだ改善をみない状況です。

 

   しかしながら建設業者の重要性の視点では、国の基幹産業といった点や防災・被災に関する実働部隊として再認識することとなりました。そうなった事象が、奇しくも東日本大震災ではなかったかと感じています。

 

 当時、警察や自衛隊の被災地対応ばかりが報道されて、地元建設業者の被災に関する活動は報道されてはいませんが、一番最初に現地に行って重機械や作業車、就業者の手により行動を起こしたのは、仙台建設業協会員(76社)の方々なのです。この継続した活動は、今もなお協会ホームページよりダウンロードできますので、是非覗いていただけれ幸いです。

 

 話しが反れましたが、私は地元の商工会議所において「地域社会に貢献する建設業(仮題)」と称するVTRを作成して、子供たちに発信したいと提案しています。これは、地震対応のみならず、台風等による水害対応、寒波による大雪除雪対応や道路の凍結防止対応等、あまり認知をされていませんが、地域や住民にとってより安全で安心な生活基盤の維持に務めている現況を知っていただきたいといった主旨です。地元KCVなどともタイアップして番組の制作・放映も視野に入れつつ、商工会議所で仰せつかっている任期3年間の役が満了する迄に実現に向けてやる気満々です。

 

 これを見ていただいた方で良い意見がございましたら、お知恵を拝借できればと思いますので、アドバイスの程よろしくお願い致します。

 

2017年3月1日

 


「新しいステージへ」

 

 先日、娘の卒業式に出席しました。彼女はその学園が、校風が、制服が大好きで、中学・高校時期といったおそらく人生で一番多感な6年間を、熱心な先生方と気の合う仲間達に囲まれて過ごしたことと思います。そんな貴重な時間を過ごしたお気に入りの場所は、この日、彼女にとってどのように映ったことでしょう。さあ、人生の新たなる旅立ちです・・・。

 

私の多感な時期=高校入試の時に出会った言葉に、「人間は考える葦である(by  Pascal)」があります。その当時は、人間て “葦”?、 “考える“? 状態でしたが、成人した頃には、「葦は一本一本はか細くて、簡単に折れるものだけれど、雨風に耐えて天に向かって伸びる。そして耐えた者だけが生きていける。更には、組織的な集合体であれば、もたれ合いながらも成長できる。」と読みました。

が、「考える!」が組み込まれていない解釈なので、Pascal氏の意にそぐうことなく「人間は成長する葦である」として記憶していました。それも「仲間に支えられて成長する」といった但し書き付きで。

 

私自身、周りの方々に支えられて生きています。是非、私同様に彼女にもそうあってほしいと願います。少なくとも支えていただいている分は支えることを忘れずに、人としての成長を伴いながら。

 

 

・・・そんな彼女は本日も気の合う仲間達6名で京都旅行中!。

   新しいステージへの真の旅立ちは、もちろんこれからですね。

 

2017年3月8日